久しぶりに。

わたしにはいくつかふと思い出して幸せに浸るような瞬間がある。そのどれもが些細でありふれた、なんて事はない日常の一部だ。

 たとえば、従兄弟がたまに連れて行ってくれた寂れたスーパーの本屋に行ったことだとか。20時をまわった頃ぐるぐる1人で本屋を回るなんてことは、田舎暮らしの私にはえらく新鮮だった。従兄弟の、本屋で解散する我関せずな感じも私には合っていたのだと思う。

 また、授業のない平日に母と温泉に行ったこともよく覚えている。真っ青な空の下、寝湯に転がったこと。あの時私は自由だった。

 コロナ禍になり、外出自粛になったころ母と近所を歩くことだけが外との繋がりとなった。散歩は特に禁止ではなかったけれど外出には違いないので罪悪感があったことも覚えている。散歩に出ているご機嫌な足取りの犬、シトシト雨に濡れた紫陽花、暑い夏の日お気に入りの木陰の下で縁石に座りながらアイスを食べたこと。猛烈に恋しくなることがある。あの時も私は不自由であったが、自由だった。

 社会人となり、自由はすこし消えた。

それでも不自由な瞬間を掬い取ってくれた大切な記憶は私の中に留まり続け助けてくれるのだと思う。