千と千尋の神隠し
昔から大好きな映画だ。
もう何十回も見ているが、劇場で見たことはなかった。どうしても見たくてこの時期に映画館へ駆け込んでしまった。結果としてお客さんはわたしを入れて3人だったので、そこまでの罪悪感はなかったが。
この物語は、純粋な冒険譚、成長譚の他に「責任」をよく描いた作品だなーと何十回目かの鑑賞で思った。
勝手に店のものを食べた責任。
湯婆婆が千尋を働かせると言った責任。
カオナシを招き入れた責任。
千尋が交わした契約の責任。
ハクと湯婆婆が交わした契約の責任。
ハクがハンコを盗んだ責任。
千尋のような小さい女の子にまで湯屋の人々はシビアに責任を追及する。
それが働くことだからだ、と来年社会人になる私はぼんやりと思う。
千尋はあの世界で責任を取ることを覚え、
しゃんと背筋を伸ばし対応していた。
その背中、横顔を見るたびに涙が溢れてしまう。千尋はわたしなのだと勝手にシンパシーを感じている。
幼馴染からそっくりだと昔から言われているからかもしれない。
責任を負った先にトンネルの向こうが見えるのだろうか。
PS.千と千尋の神隠しが好きすぎて
湯屋に似ているバイト先を選んだ。
湯婆婆や湯屋の女の人に似ている人がいる職場だ。この情勢が落ち着いたらまた働きに行く。